ごあいさつ。

 お出で頂きありがとうございました。

 本記事をもちまして「はてなダイアリー」を閉じ、「はてなブログ」に移行します。

 これまでお出でいただいた皆様方に厚くお礼申しあげます。有難うございました。

 「はてなブログ」では、皆様に読んでいただいた「はてなダイアリー」からの継続ではなく、心機一転、1から書き始めます。

 重ねて、今までお出で頂いた皆様方に感謝申し上げると共に、皆様方の「はてなダイアリー」が末永く継続されますことをお祈り申し上げます。


 ありがとうございました。


 「はてなブログ」でも「ゆっくりのんびり」やっていきます。



                  
                                            感謝!。

初心。

 今日は、ほぼ一日雨だった。少し気温低め。ボランティア活動の福祉車両運転で乗車頂いた方は、乗車時に、「寒くなりましたね・・・」と声をかけてくれた。


 昨日から大騒ぎの国会。今日も「狸の化かし合い」のような光景が見られたような?
 少し前、偉そうなことを発言していた某議長も、「化けの皮」が剥がれてみれば、単なる「烏合の衆」のひとりだった。


 国民の声、識者の指摘、学者の見解などに耳を傾けられない国民の代表の相応しいとは到底思えない首相の思うがままに操られている国会議員のみなさん。どうか志を抱いて初めて国会に足を踏み入れた頃の「初心」を思い返していただきたい。
 「個」を殺して、こんな騒ぎの片棒を担ぐとは夢にも思わなかったでしょうから。


 今回の大騒ぎを、しっかり生中継放送している「安倍様のNHK」には少しびっくりした。民放もしかり。

 只、御用記者(御用識者か?御用解説者か?)が少し元気無く「ワイドショー」などでコメントしているのが気になった。(いつものようなヨイショ発言&ヨイショコメントが似あう方なので・・・)




 明日もゆっくりのんびりいきましょう。

 そろそろ「はてなブログ」に移行する予定です。

独裁。

 今日は朝から曇り空。今日から明日にかけては、この国の行く末を決めてしまう「とんでもない日」になるかもしれない。
 そんな世の中の「空気」をあらわしたかのようなお天気だ。



 昨日の中央公聴会での各氏の発言は、それなりに「的を得た発言」と「言わされている発言」が混ざり合って、頭の悪い私には、更に、「安保法制法案」がわからなくなってしまった。

 一つ言えることは、「抑止力」の強化は、更なる「他国の抑止力」の強化につながり、この競争は「際限がない」ことです。
 その「抑止力強化の競争」を続けていくと、最後には立ちいかないところまで登りつめ、ついには「抑止力を使ってしまう」のです。
 従って、「抑止力」の強化は、私たち国民に「何の安全も安心も」もたらしません。

 更に、その「抑止力」の強化には「莫大なお金」が必要です。既に返済不能とまでいわれる大借金を背負った我が国にそんなお金はないはずです。次の世代の子や孫に背負わせてはいけないのは、「お詫び」ではなくて「借金」でしょう。

 我が国に今求められているのは、そういった軍事力の強化ではなく、借金を減らし健全な財政運営を手にすることでしょう。

 このような事態に陥っても、与党内からは「異論」が出ない。「抑えられている」が正しいかも知れない。
 「独裁政治」をやるのには「政党」は必要ありません。「独裁者」がそれに従順な者たちだけを従えて思うがままにふるまえば事足ります。

 私は、今、そんな状況に陥っているように見えるのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか?



 話は前後しましたが、安保法制法案について言えば、
 
 私の考えは、その安保法制法案をどうこうするのであれば、それより先に、大多数の学者や有識者が唱える「違憲」を「違憲」でなくするために、「憲法改正」を先に議論すべきです。

 そもそも、「自衛隊」が今の「憲法」に「合憲」か「違憲」かも怪しいところがある。そんな「自衛隊」が、毎年、世界の上位何番目かに君臨する「防衛費」を計上され満額使い切っているところに根本の問題がある。その「自衛隊」を「使いたい」「使わせたい」連中が背後で蠢いているのだ。



 と、勝手に思い込んでいるのですが、くだらない私の私見などどうでもよろしい。



 「独裁政権」の仕業のような「安保法制法案」の推移を注意深く見守りましょう。そして、次の判断につなげていきましょう。
 更に、しっかりと「責任」をとらせましょう。



 ブルーバードシルフィの燃費。
 9/15給油。198㎞走行で22.4Lの消費。燃費は、8.84㎞/Lだった。
 涼しくなってきたのに燃費が良くならない。この夏の酷使でエンジンオイルが劣化したかな?
 もう少し推移をみて改善しないようならディーラーに相談しよう。勿論、修理とかの話で買い替えなどは念頭にないが・・・。




 今日もゆっくりのんびりいきましょう。

配慮。

 今日も爽やかな良いお天気だった。

 そんな良いお天気に誘われて、明日夜には雨が降ると予報されていても、暫くやっていなかった愛車(ブルーバードシルフィ)の洗車を朝からやった。

 一年間はワックス掛け不要という強烈なコーティングを施しているので、そのおかげで雨の中を走行しても汚れがあまり付着しないのだが、少し気になる所があったので洗った。


 綺麗になりました。


 さて、世論調査をみても声を聞いても普通の感覚だったら採決はできそうもない安保法案。今週中には何としてでも成立させたい与党は、あの手この手でその反対を押し切ろうと図っているようだ。


 つい先日発表したばかりの、マイナンバー制度を使った低減税率の件は、早速、各方面からの反対や疑問の声を気にするあまり、ハッキリ言わないが取り消しに近い扱いとしたようだ。

 安保法案のためならば、国民が嫌がることは何でも止める「配慮」とでもいうのかな? 安保法案の強行採決がどれほど「怖いもの」かを「自覚」しているようだ。

 だが、しかし、そんな「配慮」は不要だ! 継続審議とでもすれば良い。そうでなければ、正当法で「憲法改正」から堂々とやれば良い。



 この機に及んでも、従順な「良犬ポチ」の議員の皆さんは「情けない」の一言。



 中央公聴会での発言。教授や学者「や大学生」が発言していたが、その大学生の発言の一番厳しい(政府・与党にとって)部分を、「安倍様のNHK」は放送しなかった。民放は放送していましたが・・・。

 「安倍様のNHK」も文字通り「良犬ポチ」に成り下がったようです。




 明日もゆっくりのんびりいきましょう。

世論。

 今日は朝からボランティア活動。福祉車両運転で90歳を超えるご高齢の利用者さんを送迎。


 ご自宅にお迎えに行ったのが朝9時過ぎ。車椅子で乗車されると直ぐに、「運転手さん!ラジオ聞かせてくれる?」と要望されたので「NHKですか?」と聞き返したら「国会中継」と言われ、往路復路ともに聞き入っておられた。


 復路ご自宅に着いて玄関まで車椅子を押して行ってあげたら一言、「歴史は繰り返すね。こうやって周りの良く見えないやつらが戦争起こしたんだよ・・・。」と言っておられた。

 当時の事は本で読んだ程度なのでよくわからない私は、「そうだったんですか、なんかいやな感じですよね。」とお答えした。



 今日は良いお天気で暑くなく寒くなく秋らしい?お天気だった。風が心地よかった。
 明日もお天気良さそう。



 利用者さんが診察を受けている間、病院の近くの公園を散策。
 今日の画像は、その公園で撮った。

 十五夜はいつかな?

 蝶も懸命に。

 彼岸花。娘の墓参りに行かねば。




 明日もゆっくりのんびりいきましょう。

今日も「本読み」に徹する。

 今日は朝から曇り空。午後からは一時雨の予報。水害復旧は思うように進まない。特に排水に時間と労力を費やされているようだが、報道番組の映像を見ていると何とももどかしい。




 はっきりしないお天気で気分も滅入りそうだが、こういう時には本読みが最適。愛読書の読み解きが進む。

世界 2015年 10 月号 [雑誌]

世界 2015年 10 月号 [雑誌]


 今日はかなり長文になる。興味の無い方やそんな時間はない・・・という方はスルーしていただきたい。



P.75〜

 『誰のために』


 一体、誰のために、戦後七〇年周年の談話を発表しなければならないのでしょうか。
 先祖のために、自分のために、子孫のためにあるはずでしょう。なかでも重要なのは、子孫のためでしょう。戦後生まれの世代が、二度とあのような戦争の悲惨さを味わわないように。これこそが、談話の目的であるはずでしょう。
 しかし、安倍首相の談話を読んで、「自分のために」としか感じられません。しかも、ここにおける「自分」は、「自分の時代」でもなく、「自分」です。所信表明演説や、アメリカの国会での講演と同じように、「積極的平和主義」を強調しながら、「平和主義」は不在です、「日本国民」は不在です。
 「あの戦争には何らかかわりのない、私たちの子や子孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」。安倍首相は、こう述べています。
 しかし、戦後生まれの世代も、「あの戦争には何らかかわりのない」わけがないでしょう。多くの人々は、自分の親、そのまた親を、あの戦争で失いました。そして、多くの人々は、自分の子、そのまた子を、二度と戦争で失わないよう、祈っています。いつまでも、祈っています。
 戦争に導いた考え方が変わらないと、過去に似ている客観条件が出現すれば、あるいは似ていなくとも「客観条件」を口実にすれば、現在と未来において、歴史を繰り返す事になります。
 本当に、いいのでしょうか。

 過去の戦争で不義と一所懸命闘ったあらゆる国の勇士のために、過去の戦争で悲惨にも犠牲にされたあらゆる国の民衆のために、自分の意思に反して再び戦場へ送られる運命に直面するかもしれない同世代の日本の方々のために、自分の先祖が命をかけて守り続ける平凡でありながら大切なことに再び挑戦される危機を感じる私たち自身のために、この憤りをささげます。



P.79〜

 『謝罪しなくていい』と言えるのは誰か


 さいごの③「継続的な謝罪の必要性を弱める」ことは、次に紹介するような部分に見られる。せっかく「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国に与えた事実。」と書いているのに、その後に奇妙な言葉が並ぶのである。


 我が国は・・・・・痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。・・・・・ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ・・・・・は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、の本再建の原動力となった事実を。・・・・・米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 ・・・・・寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くして下さった、すべての国々、全ての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。


 読者はこれをどう読まれるだろうか? 長い文章で流れがぎくしゃくしているのでわかりにくいため、あっさり、「許してくれた人に感謝するのは当然であるが、許してくれない人には、どうせ謝罪しても許してもらえないのだから、放置するしかない。だから先の世代の子供たちは、もう謝罪なんかしなくてもいい」と読む人もいそうである。
 しかし、「謝罪を続けるべきかどうか」を判断できるのは、安倍首相でも日本人でもなく、被害を受けた他の国の人々なのである。戦後間もなく、キリスト教の関係で南太平洋のある島を訪れた知人は、「日本人であることは、隠しなさい。バレたら日本兵に恨みを持つ民衆に殺される」と言われたそうであるが、それほどの恨みを持つ人々の子や孫、ひ孫は、まだ大勢いるに違いない。これ以上「子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせない」ためにも、我々は心からの謝罪を続け、また謝罪の一環として、過去の歴史を全国民にきちんと教える努力を、内外に示さなければならないのである。
 そこで心配になるのは、日本政府が犯した過去の過ちを教えるのを「自虐史観」と名付け、排撃する一部風潮である。極端な例としては、「そんな事を教えている国はどこにもない」という意見も聞いたことがある。
 しかし、「そんなことは教えていない国」はあるかもしれないが、「自国の過去の過ちを、きちんと教えている国」あることは、ドイツ、イギリス、アメリカの歴史の教科書を読めば、すぐわかる。どうして「調べれば直ぐ嘘とわかること」を信じてしまうのかわからないが、戦時中の民衆の多くが「大本営発表」を信じていたことと、「大きな声で耳触りのいい言葉を聞かされると、つい信じてしまう」という点で、つながっているのかもしれない。
 このような状況で、教科書の検定も行って、「政府の方針に反する教科書は出版を許可しない」上に、「広域選択』と称して教科書の選択にも介入して、教員に自由に選ばせないのは、「うそつきの史観」によって「国民の常識」を支配することに直結するので、実に恐ろしいことである。


P.94〜

 安倍自民党と「国民感覚」の間


 野党転落時、衆参を合わせた国会議員数が約二〇〇人にまで落ち込んだ自民党は、今やその倍の数を抱えるまでに党勢を回復させた。当然、そこには多様な人材と意見が存在する。だが近年、議論によって互いの考え方をぶつけ合い、収斂させる機能が著しく低下しているように感じてならない。一方で、「議員の質の劣化」に対する指摘も目立つ。もちろん党の勉強会で「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」などと発言したり、若者の安保関連法案への抗議デモを「利己的だ」とツイッターで批判したりするのは言語道断だろう。ただ、それ以上に気になるのは、ひとたび問題が起きれば「取材を受けるな」「誤解を与える行動は慎め」などと議員個人の口を塞ぎたがる執行部の動きだ。危機管理のつもりだろうが、純粋な政策議論まで阻害すると、自民党本来の持ち味である「幅広さ」さえ失われてしまう。ハト派と目される一部議員らが始めた勉強会「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」が、安保審議への影響を心配した執行部の「圧力」により一時的に休止に追い込まれたのは、その典型だろう。
 二〇〇九年の総選挙で民主党に政権を明け渡した際、自民党は失敗の本質を「国民感覚とのずれ(反省力の無さ、説明力の無さ、発進力の欠落)」だと総括した。安倍談話では最終局面で「国民感覚』に多少歩み寄った首相だが、最重要課題に掲げる安保法制は、いまだ「説明が足りない」と感じる国民が圧倒的多数の状況で法案成立へと突き進んでいる。あの日の反省は生かされているのだろうか。
 議員の質の低下については「小選挙区制悪玉論」もよく聞く。確かに中選挙区制のように自民党の候補者同士が修練しなくなったことは、一つの要因だろう。しかし、だからといって国民の一票が政権選択に直接影響しない、あの五五年体制の時代に戻れというのか。少なくともそれを望まない。質の問題は、あくまで旧来型の人材育成や統治手法を改めない政党が負うべき課題である。
 自民党の立党宣言には「秩序の中に前進を求め、知性を磨き、進歩的諸政策を敢行」す、とある。議論を避けて手にした秩序の下では、たとえ前進はあっても知性は育たない。縁暦の自民党は、文字通り原点に立ち返る必要がある。



 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 まだ半分も読み解いていないので、残りは、またの機会に書いてみたい。

 尚、今回は筆者のお名前は省いている。より詳細な事柄をお知りになりたい方や続きを読みたいなどの方は、本を購入する、書店で立ち読みする、図書館へいく・・・などしていただきたい。



 どうも今週中には「強行採決」されるようだ。歴史に名を残したい安倍首相だが、良い意味で名を残すのであればよいが、どうやら汚点を残した首相として名を残しそうな感じがして残念だ。
 と同時に、何名かの高官も重要閣僚も、同様に、あの時の・・・と後世に語り継がれる者たちとなることだろう。

 我が家の直近に某宗教団体の会館があるのだが、いつになく人々の出入りが多く深夜に近い時間まで明かりが灯っている。これも何かの関連か?




 今日の画像。川崎市浮島町公園にて撮影。

 羽田空港管制塔。この国の針路をしっかり管制できたら・・・。

 JAL Boing 737-800。 管制に従い進路を守れ!





 今日も明日もゆっくりのんびりいきましょう。

「お日さま」は有難い。

 「お日さま」は有難い。TVで誰かが言っていたが、朝から「お日さま」を望めたのは今月に入って初めて・・・とか。
 やっと、外で洗濯物を干すことができた。お天気の悪い日は、浴室の温風乾燥か部屋干しなので、なんとなく・今一つ「乾いてない感」があるような気になるが、「お日さま乾燥」した服は、袖を通しても気持ちが良い気がする(個人的見解ですが)。

 今朝の地震には驚いた。当地では震度4だったが、大きな揺れは一瞬で終わったような感じの地震だった。
 地震に遭遇すると、直ぐにTVやラジオ(某国営放送)をつける習性があって(皆さんもそうではないかと思うが)、見ていたら程なく最大震度を記録した地域の上空の中継映像が映し出された。
 とても対応が早い! 常に待機しているのかな?と思った。たまたま、関東北部&東北南部の水害取材のために準備していたのかも?とも思った。

 勿論、早起き者の私はすでに起きていたが、家族は全員飛び起きてきた。が、大きな被害はなさそう?とわかると、また、全員「寝直し」に入った。一人リビングに残された私は新聞読みを再開。

 普通の週末土曜日が始まった。


 昨日は久しぶりに「国会中継」を見た。
 もう、首相はじめ閣僚たちは、野党の懸命の質問にも真摯に答えるのを止めたようだ。大多数の国民の思いなどどこ吹く風で、「決めるときには決める」とか言う首相に右ならえだ。ここまで堕落した内閣も珍しいだろう。それを許しているのはそういう人々を選んだ私たち国民にあるという事を肝に銘じる必要がある。
 相変わらず、的をぼかして答弁し、窮地に陥ると、言葉を荒げて・ヤジを批判し・同じ文言を何回も繰り返す言い返す答弁は聞き飽きた。そこには「国民に丁寧に説明する・・・」など微塵もない。来週には間違いなく「強行採決」だろう。そんなことは許されないのだが・・・。

 首相はじめ各閣僚そしてナントカ長官とかその他現首相を支えている重要ポストにある者たちの名前をしっかり憶えておきましょう! 無責任がまかり通るこの国でも、いずれ責任を取ってもらおう! そんなに遠くない時期に。



 さて、

 愛読書の読み解きはまだまだ続く。昨日はこんな話題を読んだ。

世界 2015年 10 月号 [雑誌]

世界 2015年 10 月号 [雑誌]


P.196〜

 ・・・なし崩しの無責任の象徴と言えば、東京五輪招致のときの安倍首相の「アンダーコントロール」発言だろう。福島であれだけの事故を起こし、まったく収束できていないにもかかわらず、世界に向けて「状況は統御されている」と平気でウソをついたのだ。巨大な核燃料デブリはいま、原子炉の底を突きぬけて、地下のどこで、いかなる状態にあるのか。だれにも説明できない。「東京は、福島第一原発から二五〇キロ以上離れているから、安全だ」と言ったのは、オリンピック招致委員会の理事長であったか。
 そこにはどうやら、もはや問題はない、何も起こらなかったようなものだ、だから、だれにも責任はない、といった奇怪な三段論法が見え隠れしているのかもしれない。
 それはたとえば、除染が不十分な汚染地へと旧住民を誘導する、どこか強権的な帰還政策のかたちで、いまも福島の人々を分断し、苦しめ続けている。
 「子ども・被災者支援法」はついに、政策の現場に生かされぬままに、この夏の改定で、自主避難に関する支援を縮小し、帰還を促す方向へと大きく舵が切られた。チェルノブイリではかろうじて認められた生存権が、福島では認められないことが明らかになった。年間二十ミリシーベルトという基準は、まるで根拠を示されることがないままに自明なラインとなっているが、その責任を取る者はどこにも存在しない。ここにも無責任体制が露出している。
 福島の子どもたちの甲状腺ガンの増加を訴えると、風評被害の声によって抑え込まれる。
 風評被害という言葉が、いつの間にか、原発事故などなかったかのような空気を醸成するための援軍と化している。不幸なことだ。きちんと情報を公開したうえで、専門家たちが冷静な議論を交わして結論が導かれているようには見えない。ここまで厳しい情報統制を敷いていること自体が、いたずらに疑心暗鬼を生んでいるのではないか。
 災害多発の時代は、確実に始まっている。福島で起きたことは、きっと日本のどこでも起きる。もはやだれも安全だとは言わない原発が動きはじめたのだ。
 福島を忘れてはならない。そこに、われわれの未来があるからだ。


P.198〜

 ・・・わたしを含めて、多くの日本人はこれまで、原発ばかりではなく、政治に巣食う無責任体制を放置してきた。不作為のうちにそれを支える側に回ってきた。しかし、ようやく空気が変わってきたようだ。きっかけは戦争法案だ。この夏、戦争法案に対する反対運動が大きく広がっている。
 原発の再稼働と同様に、安全保障関連法案もまた大義があきらかではない。違憲の批判を浴びながら、きちんとした説明がなされないままに、衆議院から参議院へと審議の場が移されている。国家が「秘密」を抱え込むこと、経済的な格差を広げること、「戦争のできる国」を目指すこと、それらはどうやら繋がっているらしいと、土壇場になってわれわれは気づいた。
 「経済的徴兵制」という名の悪夢がちらつく。たとえばアメリカでは、奨学金の返済に苦しむ多くの若者たちが中東の戦場に送られた、という。いつだって、戦場に立ち、殺し殺されるのは貧しき人々だ。そんな近未来の情景が見えはじめたとき、大勢の人々が街頭に出て、声を上げはじめたのではないか。
 この夏に、この国の未来がかかっていると、大袈裟ではなく思う。もし法案が通ってしまえば、特定秘密保護法がうごめきだし、やがて「戦争のできる国」が現実と化してゆくだろう。戦争ばかりしてきたアメリカの「属国」になるのか。原発と戦争で経済を転がしてゆく国になるのか。まさかと思ったが、それを命懸けで望んでいる連中がこの日本にもいることを知った。
 皮肉なことだ。われわれは何の気まぐれか、七十年前の敗戦のあとに、勝者のアメリカから平和と民主主義をあたえられたのだ。その憲法第九条こそが、戦争に加担しない日本という国を守り、支えてくれてきたことに、いま頃になって気づいた。ならば、みずからの生存のモラルとして、将来に向けて、それを選び直せばいい。みずからの手で、平和と民主主義を獲得することができるか否か、という戦いだ。負けるわけにはいかない。
 福島ではいま、生きる権利を求めて、さまざまに草の根の自由民権運動が起こっている。庶民の文化力の高さや相互扶助の精神こそが、幕末維新期に外国人を驚嘆させた日本の底力だった。その底力があらためて問われている。戦争法案を許してはならない。
 この国のかたちは、われわれ自身の手で創り育ててゆきたいと願う。




航空機を滑走路に導く「進入灯(誘導灯)」。厚木基地にて撮影。

国政をあらぬ方向に向かせないために、国民みんなで正しく誘導しよう!



 最後まで読んでいただいてありがとうござます。


 今日もお天気は悪くなさそう。今日もゆっくりのんびりいきましょう。